ストーンウォールの反乱に続け!~同性婚を合法化した台湾の現在~

たいわん Good News

今週の日曜に、台湾でLGBTのパレートが開催されました。

こちらのパレードは毎年行われているもので、同性愛を社会的にもっとオープンに。との試みから始まったものです。

コロナの影響で様々なパレードが中止される中、開催に踏み切ったのはどうしてだったのでしょうか?そして何故台湾で行われているのでしょうか?一緒に学んでいきましょう!!

今日のポイント

・台湾はアジア太平洋地域で同性婚が認められている数少ない国
・最初のパレードはシカゴにて1970年に行われ、今年が50周年で記念の年である。

台湾はアジア太平洋地域で同性婚が認められている数少ない国

台湾では現在、オーストラリア同様同性婚が認められています。

同性愛に対して、自由な政策を取っており、自由なスピーチと集会の促進をしているとか。だから、LGBTのパレードが台湾で行われているんですね。

しかし、何故台湾はアジア太平洋地域で同性婚が認められている数少ない国になれたのでしょうか?きっかけを探っていきましょう。きっかけは1986年まで遡ります。この年にある男性が台湾で逮捕されました。

理由はゲイを告白した。それだけでした。

後に彼がこんなことを言っていたそうです。”私たちが2番目の国になることを待っている。”この言葉は一体何を示していたのでしょうか?2番目の国こそなれなかったものの彼の行動は台湾の未来を変えました。

去年3月ついに、台湾は同性婚を合法としました。これによりアジアで初の同性婚が認められている国へとなったのです。そして去年同様今年も台湾でLGBTのパレードは今年も行われました。

今年はコロナと大雨の影響で参加者が減少と伝えられてますが、それでも1,000人を超える参加があったとか。しかし、通年数万人を動員していたとのことです。

主催者はコメントを出しており、通常は10月に行うはずだったこのパレードを今年はあえて6月に開催することにした。世界で475を超える同性愛を対象としたパレードが中止になっており、心を痛めていた。

世界の人たちがこの通りを使えない(コロナで渡航ができない)今だからこそ、今こそやるべきタイミングだった”と述べました。

ちなみに台湾はご存じの通り世界から賞賛を受けるほど、コロナの封じ込めが成功しており、その中で開催に踏み切ったことは本当にすごいことだと思います。2370万人の内、447人の陽性が確認され、死亡者は7人となっています。

最初のパレードはシカゴにて1970年に行われ、今年が50周年で記念の年である。

最初のゲイパレードがシカゴで行われてから、今年で50周年の節目の年を迎えました。

最初のパレードは1970年6月28日。当時、アメリカでも同性愛は認められていませんでした。そんな中起きた。暴動。これを”ストーンウォールの反乱”と呼びます。

ニューヨークのゲイバー”ストーンウォール・イン”警察による捜査を受けた際、その場にいた同性愛者たちが権利を求めて警察に真っ向から立ち向かって暴動となった事件。この運動は、後に同性愛者らの権利獲得運動の転換点となった。

この反乱は1969年の6月28日でした。それを、きっかけに権利の獲得と理解が深まり、翌年のちょうど同じ日に記念として世界で最初のパレードが行われたのです。ニューヨークでは今年、オンラインにてパレードを行いました。

イベントの主催者はメディアの取材にて”COVID-19の戦いに貢献してくれているすべての労働者のためにテレビ放送を開催した。”と述べています。

また、現在コロナの影響で、権利運動のきっかけとなったストーンウォール・インは3ヶ月閉まっています。そのため、LGBTの団体はアメリカドルで250,000ドルをこのホテルへ寄付を行いました。

まとめ

台湾での権利獲得の第一歩とされる、彼に言った言葉はアメリカの後に続くぞ。という強い信念から発せられた言葉だったんですね。

何事も大きなきっかけがないと変化していきませんが、勇気のある偉人たちの行動によって、今着実に同性愛に対する社会の理解度が深まってきているのではないでしょうか?

日本はこの動きに続いていくんですかね?

本当の平等って実現させるのはすごく難しいことだと思いますが、同性愛の認可も1つ大きな役割を担っているのではないかと思っています。

全ての人が生きやすい社会に1日でもなるように、好奇の目がなくなる社会。それを信じています。

今回は難しいトピックを取り上げさせていただきました。全ての人に対して失礼な発言がなかったことを願っています。ありがとうございました。

こちらは更に台湾のLGBTQの問題について深く掘り下げた記事になっています。

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