[スペイン風邪]致死率最悪の未曾有のパンデミックの終息から見たコロナの収束

スペイン 海外のニュースまとめ

世界を恐怖に陥れ、人類史上で見ても未曾有といえるパンデミックが約100年前世界中で大流行していたことはどれぐらいの方がご存じでしょうか?これ以上ないほどの世界に被害を与えた感染病と、日に日に深刻化する現在の状況に重ね合わせる専門家も少なくはありません。

最低でも世界で5億人。最大で10億人が亡ったとも言われるウイルスの名は「スペイン風邪」なぜこんなにも世界で猛威を振るったのでしょうか?また原因はなんだったのでしょうか?

過去は変えられませんが、過去から未来へと繋げていくことはできます。コロナ時代を生きている今だからこそ、改めてスペイン風邪について深く掘り下げていきたいと思います。まずは感染病の歴史から見ていきましょう。

世界の歴史で猛威をふるった感染症

今まで世界で起きた感染症を知ることでスペインどれだけの猛威を世界でふるったのか比較のためにまずはこちらをご覧になってください。最初に紹介するのが2009年~10年に発生した豚インフルエンザです。記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。これもインフルエンザの株が従来の形から変異して人々の脅威となりました。こちらの感染病により15万1700人~57万5400人が亡くなったとされています。(世界の人口の0.001~0.007%に匹敵)

2番目に世界で猛威をふるった感染病とは?

残されているデータによるとスペイン風邪より被害の出た感染症はないそうです。2番目は何かというと500年以上前へと遡ります。1347年~1351年に流行した”黒死病”(ペスト)です。しかしこの間4年での死亡数はスペイン風邪の1年にも匹敵しません。それだけ世界的に見てもスペイン風邪が異質なのはわかりますよね。さあ、少し知識をつけたところでスペイン風邪について説明していきますね。長くなりますので、目次うまく活用なさってください。

スペイン風邪とは?

現実

 1918年~1920年に世界各国で極めて多くの死者を出した インフルエンザ(H1N1ウイルス) による パンデミック の俗称で、計3回の波が来ました。世界の人口の3分の1が罹ったとされており、20~40代の死亡率が高かったことが特長です。このスペイン風邪でとりわけ目を引くのが持病がない至って健康な層が死亡するケースが多く見られたことです。流行した当時、世界では第一次世界大戦が勃発していました。戦死者の数よりもウイルスでの死亡数が上回っていたとの研究データが発表されており、スペイン風邪がどれほどの勢力を持って世界の人々を恐怖に陥れたのか理解できますね。でも実はこのインフルエンザ、スペインは発祥じゃないんです。知ってましたか?

スペイン風邪の名前の由来とは?

これは歴史の事故とも言われる、ある状況が理由でした。それが”スペインが中立国であったということ”

スペイン風邪が流行した当時、第一次世界大戦の最中でした。戦争に参加しているスペインを除く全ての国はメディアの情報に対して政府の検閲が入るなど厳しい統制が取られていました。戦時中の士気の低下を恐れていたためです。

しかし一方、中立国であるスペインには厳しい統制が敷かれておらず、自由に報道することが出来ました。スペインでの最初のケースが報道されたのが1918年の春(5月)、スペインの国王も罹患したこともあり、汚名を着せられる結果となってしまいました。実はスペインで報道される前にスペイン風邪とみられる症例が複数確認されていたことが明らかにされています。

事実ホワイトハウスからスペイン風邪について言及をされたことは一度もありませんでした。また、これらの国では罪を着せる相手を見つけることができて喜んだとか…。報道の自由が効いたスペインだったからこそ世界の人たちから勘違いをされてしまったんですね。

スペイン風邪の発祥地は?

実は未だに解明できていないそうなんです。スペイン風邪には正確なレポートが残されていない事から多くの歴史学者たちがスペイン風邪についての研究を行っているそうです。

フランス、中国、イギリス、アメリカなどがウイルスの発祥地と言われており、レポートによってアメリカ軍のトレーニングキャンプにてスペイン風邪と見られる最初のケースが報告されているものの真相はわからず…。専門家の中には1917年代からフランスや中国なので既に存在していたのではと推測している説もあるみたいです。

スペイン風邪の症状とは?

通常一般的に毎年流行するインフルエンザと症状の変わりはありません。頭痛や咳、倦怠感など数日間続きやがて回復へと向かいます。しかし、症状が深刻化するケースが多数スペイン風邪には見られており、こんな話もあります。

1918年ビリヤード場にて夜通し4人の女性がビリヤードしていたといいます。朝を迎えたことには4人のうち3人がスペイン風邪が原因とみられる症状で亡くなり、生き残った女性によると症状は急激に悪化していき症状が発症してから1時間も経たないうちに亡くなったとか。

その他持病を持っている方は深刻化するケースが多く、失明、失聴、麻痺、皮膚が黒ずんでくるなど異質的な症状が多くみられました。異常なまでの急速な感染スピードと健康体であるにも関わらず、最短で数時間で死に至るまでのスピードが特長です。

当時の治療方法は??

医師と科学者はどうやって未知のウイルスに対処していくのか頭を悩ませたと言います。有効なワクチンもなく、体にも抗体がありません。ワクチンに関してはテストが思うように進まず、一般的に流通できるようになったのは1940年になってからでした。

健常者と患者を隔離する。握手を控える、マスクの着用をする。集会を控えるなど今日の社会でもお馴染みの対策から、ワインを飲む、シナモンを食べるなどといった科学的に根拠のない方法も試されるなど、未知のウイルスに手探りで立ち向かっていたことが伺えます。

また、家の中にいる方が感染リスクが高い。アスペリンの投与が効果的だ。と提唱している科学者もいたそうです。
(アスペリンの投与においては、人体に害を与えるとされる1日4gを上回る1日30gが推奨量とされていたそうです。一説には罹患した患者の中には薬の過剰摂取が原因で亡くなった方もいたとか…。)

実際アスペリンやその他効果的とされた方法は偽の治療法を謳った宣伝であることが多く、パニック状態にあやかって儲けようと考えた企業の企みがあったそうです。

改めて、インフルエンザとは何なのか知ろう!

簡単に言うとウイルスが呼吸器系の機能に攻撃をすることです。インフルエンザの感染力は強く、感染した人が咳をしたり、話したりするとウイルスの付着した飛沫が飛びます。それを吸うことで感染する他、ウイルスを触った手で口や目、鼻に触れると感染。コロナの感染方法はほぼ同じですね!

世界では約300万人から500万人の患者が深刻な症状を患い、WHOのレポートによると29万人~65万人の方が亡くっているようです。(70%~90%が65歳以上)

またアメリカでは過去30年間を通し、毎年20万人の方が入院しており(合併症含む)3000~4万9000人の患者が亡くなっているそうです。インフルエンザもコロナと同様変異すると言われており、被害の大きさはウイルスのタイプによります。実はインフルエンザも毎年世界でこんなにも猛威をふるっていたんですね。

その中で特別猛威を振るったのがスペイン風邪と考えておけば、間違いないと思います。ではなんでこのケースだけこんなにも爆発的に被害は広がっていったのでしょうか?

なぜ、ここまでの規模でウイルスが拡大していったのか?

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これには歴史的は背景が大きく影響していました。それが第一次世界大戦。

それによって、多くのアメリカ兵もヨーロッパへと派遣されます。その際での移動手段は列車や戦艦でした。閉じ込められたスペースにたくさんの兵士、衛生的にもいいとはいえない状況で1人の感染者でも出たらものすごく早いスピードで感染してしまいます。また十分な栄養を摂ることが出来ず免疫力が低下していたことも拡大を助長しました。

その後故郷へと戻った兵士たちによって本格的に市民へと感染が拡大していきます。帰郷した兵士たちを迎えるパレード。専門家の意見を無視した形で実施となりました。アメリカのペンシルベニア州にあるフィラデルフィアという街にてこんな話があります。

結果論から言うとこの州でのスペイン風邪への対応はとても遅く、十分ではありませんでした。この街でも兵士たちを迎え入れるパレードが行われました。参加者の多くは地元の市民。マスクをしている人もほとんどおらず、狭いエリアの中にたくさんの市民が押し寄せました。それからわずか10日後、1000人が亡くなり計20万人の街人が罹患しました。

一方で同じ国であるミズーリ州にあるセントルイスでは早急に学校、映画館を閉鎖、集会も禁止するなど人の流れを止める対策を講じました。結果、この地域ではピーク時の死亡率が先ほどのフィラデルフィアの8分の1と大幅に被害を抑えることに成功しました。

このように同じ国内でも危機管理について違った認識を持っていたことも拡大を阻止できなかった要因とされています。世界的に見るとアメリカ全体ではスペイン風邪に対しての危機管理ができていたとされており、ヨーロッパの国ではより多くの被害が出ていたとされています。

貿易もパンデミックに餌を与えていた…

コロナウイルスにも当てはまることですが、ウイルスを弱める方法、それは人の流れを止めることです。戦争による武器輸出入もパンデミック拡大に助長する形で多くの国へこのウイルスが渡ることになります。

それを防ぐために、アメリカのある駅では停車を禁止させる駅があったそうです。また、港から港の感染ルートが一番多かったことからもわかるように、貿易による人の流れは間違いなく急速にウイルスが拡大していった大きな理由の1つとされています。

世界各国で医師、看護師不足に…。

多くの専門家がこの時点で事の重大さに気づき始めました。「甘く見過ぎていた」と。でもその時点で時は既に遅し、取り返しのつかない事態へと急速に進んでいきます。多くの医師や看護師が病に倒れ、やがて患者を診る人がいなくなったのです。

また日に日に患者の数は増加していき、利用できる(廊下なども)スペースは患者で埋め尽くされました。看護学校は閉鎖され学生の多くは訓練を受けずにフロアの責任者になることも少なくなく、またリタイヤした医師や看護師を動員するなどのケースも見られたようです。

全ての原因が専門家の出したガイドラインを守っていなかったことだといいます。当時農業で働く人員も不足しており、また輸送する人員も足りていませんでした。十分な食材を提供することもできず、悪循環のサイクルができていたそうです。

健康体ほど被害が大きかったスペイン風邪の謎

冒頭でも少し触れましたが、ここで改めて、なぜスペイン風邪は20~40代の世代に甚大な影響を与えたのか。の理由について個人的な考察交えながらお話していきたいと思います。通常のインフルエンザですと、高齢の方や持病がある方の死亡率が高くなります。

しかしスペイン風邪では違っていました。大きな理由は2つあり、まず1つ目が多くの若者が戦地ヨーロッパへ向かったことです。若者が兵士として送られ劣悪な環境下で生活しなくてはならず、閉じ込められたスペースで密を避けることが出来ず、結果としてスペイン風邪に罹る母数が圧倒的に多かった。もう1つがロシアフル(1889年~1890年)を経験していない世代であったことです。スペイン風邪は若者よりも年齢の高い層の方が強いとされていました。その理由が免疫があったから。

これらの理由が重なりスペイン風邪では比較的若い世代の死亡率が多かったんですね。納得ですね。

各国の対応はどうなっていた??

ある専門家が警鐘を鳴らす一方で、スペイン風邪のことを甘くみていたというのが大方の考えです。第1波の症状は比較的に軽く、通常のインフルエンザと変わりはほとんどありませんでした。そのため医師や専門家でさえも第2波と第3波の深刻化を予想する人は少なかったといいます。なので先ほどのようなパレードが強硬する形で行われていたんですね。

1890年以降世界は4つのインフルエンザのパンデミックを経験しています。どれ1つとして死者数は400万人と超えていません。しかし、スペイン風邪は最低でも5000万人(最大1億人)と推定されています。(当時の世界の人口の約3%、総人口の4分の1)各国がどのような対応をしてこの未曾有の災害に対して応じていったのでしょうか?

イギリスの対応?

1918年はイギリスなどの国では戦争の勝利が見えてきた時期でもありました。軍のトップは日に日に深刻化するスペイン風邪の状況を受け止めながらも「戦争での勝利は感染の拡大のリスクを正当化する」「carry on(実行)」という言葉を用い逆境に立ち向かっていくのはイギリス人としての義務だとして武器等を生産する工場もフル稼働。

国家の医師であるMedical officerはロックダウンと隔離がスペイン風邪を打倒する最善の方法と知りながらも実行しなかったと言います。

アメリカの対応?

トータルで67万5000人がスペイン風邪によって亡くなったと推定されるアメリカは諸国と比べてかなり厳しい統制がされていました。データによるとアメリカ人の平均寿命が約12年も短くなったとか…。死亡率も2.5%とされており、甚大な影響を受けていたことがデータからもわかりますね。

そんなアメリカですが、感染者の増加、医師や看護師などが次々と病に倒れていく状態に徐々に対策を講じていかないといけなくなったといいます。第一次世界大戦の戦地がヨーロッパで行われていたということもあり、アメリカ軍は移動をしなくてはいけなかったことも甚大な影響を受けた理由の1つとされています。

燃料補給のために立ち寄った街でウイルスを撒き、次の街へ。このような感染ルートで多くの市民に感染を広げてしまったと考えられています。また市民に対しての労働環境も悪いにも関わらず、人々は労働を求めて需要のある産業へと人が集まったそうです。

戦時中ということもあり、ドックには多くの労働者が集まったそうなんですが、同じベッドで寝泊まりする他、厳しい労働を強いられ栄養も十分に摂れず、兵士から市民へ。市民から市民への感染が広がりやがて爆発してしまったと考えられています。

そのため、サンフランシスコでは外を出歩く際マスクの着用が求められており見につかったら5ドル(今の日本円のレートで6000~7000円)の罰金も科されたり、州によっては道端に唾を吐く行為が禁止されるなど徹底した対策が取られるようになりました。

オーストラリアは?

南半球であるオーストラリアは各国に比べて対策への猶予がありました。スペイン風邪は1918年春ごろから北半球の国を中心に深刻化していったためです。被害の多い国が北半球に集中していることからもわかるようにアプローチの仕方を考える時間のあったオーストラリア、はじめアジア諸国は被害を最少に抑えることに成功したと言えると思います。

どのようにしてスペイン風邪は終息を迎えたのか?

1919年の春から続いていたパンデミックも19年の10月を境に減少傾向へと進んでいきます。各国の対応が功を奏したということですね。それとともに市民のウイルスに対する認識が変わったことも要因とされているみたいです。

しかし、一番の要因は市民にH1N1の免疫がついたからと言われています。それとともにウイルスも弱体化していったのだとか。こうして2年も続く長いパンデミックは終焉を迎えたわけですが、実はこのウイルスが今もなお存在しているのです。

新しい社会はコロナと共に生きる。なんていう言葉を聞いたことがありますが、本当にその通りなんですね。ワクチンが無事に出来たら脅威ではなくなるかもですが、世の中から0になることはないんです。

スペイン風邪から私たちが学んだこととは?

スペイン風邪の悲劇の後、世界では2度と同じ事態を引き起こさないように様々な改革が行われました。まずは人々の意識が変わっていきました。何度かお話しした通りスペイン風邪については正確なレポートが残されていません。それを反省にレポートから研究を行いパターンを知ることでパンデミックの被害を最少化させようなどという医療体制の整備が行われました。「疫学」という言葉はこれ以降ニュースなどでもよく聞くようになったような気がします。

また当時の市民はウイルスについてあまりよく知らなかったらしいです。それを象徴する話が“市民はスペイン風邪を微生物が原因だと考え、医師はバクテリアが原因としていた。”ということです。”これだけヘルスケアに対しての知識に差があったということです。

しかし今は考えがみんなで共有され広がっています。コロナに罹らないためには、密の状況を避けることはみなさんご存じですよね。今となっては当たり前のことですが、これも進歩なんです。当時は医師ですら解決法、認識にバラつきがあったんです。こうして新ウイルスと闘っている今現在でも、スムーズに減少傾向に進めたのは過去の反省があったんですね。

スペイン風邪現在の科学の在り方をつくった!

1920年代を境に科学分野がターニングポイントを迎えたことは言わずもがなですよね。多くの科学者が従来学んできた科学の形にがっかりしたと言います。パンデミックを境にアメリカでは代替医療の研究が進められ今では各国に広まり、患者が多くの選択肢の中で治療を受けられるようになっています。代替医療というのは、鍼治療やヨガ、瞑想などのことを指し”通常の医療の代わりに用いられる医療”のことです。

また医療体系のオーガナイズの重要性の考え方も広がりを見せ、自国だけ大丈夫であればいい。という考えからパンデミックは国民レベルで、世界として対処していく必要なある。との考えにシフトしました。責任の擦り付けみたいなことはしないで、パンデミックはいつか起きるものと考え、どうすれば最善の策がとれるか考えよう!ということでしょうか…。

とにかく今コロナ渦がスペイン風邪ほど深刻化していない理由も過去の反省を活かしているからなんでしょうね。世界がスペイン風邪の経験をしないままコロナを迎えていたらと思うとぞっとします。

今を生きている私たちの役目とは?

一言に「過去の経験を無駄にしない」ことだと思います。それはたまに風化という言葉と共に使われますが、伝えていくことだけでなく、実践、行動に移してしていくことが大切だと思います。スペイン風邪でいうとレポートを取ってデータから将来に活かしたり、コロナに対しては来る全ての波を警戒を続けることです。どこでいつ変異してより強力になるのかわかりませんもんね。

ありきたりな言葉ですが、過去は変えられないけど未来は変えられる。この言葉の意味は全てに通じると思います。今はコロナ渦にいるのでみなさんもまだ危機感を持っていると思います。では地震等自然災害についてはどうですか?備蓄は完璧でしょうか?つい日常に戻ると平和ボケしてしまうものです。

私はこのコロナでの影響を後世に伝えていく役目をもらいました。何事も他人事の範囲から超えて物事を見て、考えること難しいことですが、大切なことだと思います。もう一度一緒に未来の在り方について考えてみませんか?偉そうにすみません。愛する子供たちのために今できることを始めていきましょう。

こちらは関連の記事になります。「ニュージーランドへの賞賛の嵐!コロナの封じ込めに成功した理由に迫る」よかったら読んで頂けると嬉しいです。

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